【目的】明治に入り、洋食が提供されるようになってきた。しかし、その普及の過程は不明な点が多い。毛利元敏は長府藩(下関)最後の藩主で最初の豊浦藩知事である。廃藩置県により免官され長府から東京に移住した。イギリス留学などを経験し、長府にもどる。下関は海外の玄関口であり、輸入食品も流通していた。「旧長府藩士を自邸に招いて振舞った洋食の献立」を再現することにより、当時の洋食技術を推測することを目的とした。
【方法】下関市立歴史博物館蔵「自製洋食品目 三澤家文書」を再現する献立とした。
同館蔵「外国食品費受払簿」から提供前の購入品を分析した。当時の調理技術推測のために西洋料理指南上、西洋料理指南下、西洋料理通、手軽西洋料理法、手軽西洋料理法、即席料理包丁西洋料理、日用西洋料理法、実験和洋菓子製造法、軍隊料理法、最新和洋料理之巻、三食献立及料理法、西洋料理の作り方、大正・昭和初期の家庭料理の本、食生活の成立と展開、食の街道を行く、日本の食はどう変わってきたか、明治・大正・昭和のレシピで食道楽、割烹の栞を参考とした。レシピの検討、調理は食育ボランティア団体唐戸魚食塾の協力により実施した。
【結果】再現した料理は技術的に現在のものに近く、十分に美味しかった。いくつか疑問点があるが、献立を現代の表現とした料理は次のとおりである。「人参入りとり肝スープ」「海老フライ、クレソン、カット橙」「鶏のカツレツ、松茸入ソース」「蒸しカリフラワー、鶏卵ソース」「牛肉のピカタ風」「蒸しジャガイモ、キャベツの牛乳煮」「印度カレーライス」「蒸し鶏付きサラダ」「菓子、干柿製プリン(柿と牛乳のプリン)、カステラ(竹を使用した)、パイナップル(缶詰)」