平成30年度は,平成29年度までに実施した,(1)着手遅延(着手開始)の認知過程モデルの妥当性と(2) 課題遂行中の課題中断(あきらめ)や結果として不十分な達成だった場合における学習者が行う心的要因(自分の能力,課題の価値づけ,達成目標,等)に対する評価や操作に関する認知過程モデルの検証結果を学会で報告するとともに,これらの結果を踏まえて,行動が変化する瞬間として課題を取り組み出したタイミングと課題遂行をあきらめたタイミングの2つ臨界点に注目し,この行動の臨界を引き起こす原理をプロスペクト理論の参照点と価値関数によって構成される認知過程モデルの精緻化と追加的な実証研究を行った。
実証研究では多重課題パラダイムを用いた。実験参加者には45分後の締め切り時間に向けて複数の課題を提出することが求められた。課題は,評価の重み付け(早く提出するほど得点が高くなる,提出時期は評価されない)と課題の難易度(難しい,簡単)を操作した積み木課題であった。課題提出時点を従属変数とする分散分析の結果,評価の重み付けと課題の難易度の主効果は有意であったが,有意な交互作用はなかった。この結果は,本研究で構成した認知過程モデルからの予測とは一致しなかった。また,調査参加者の日常の行動傾向とは乖離していること,45分間の一試行では4つの課題に対する事前知識がないために臨界点の前提となる課題の先延ばしが生じにくいこと,課題に取り組む中で外乱が発生しないために当初のプラン通り順調に課題を遂行していくといった複数の問題点が見出された。
これらの問題点を踏まえた研究デザインに再構成し,研究仮説の実証的な検証をするために利用できる時間が限定されていたこと,さらに,時期的に調査参加者のリクルートにも支障をきたしたため,研究期間の延長を申請し,令和元年度に本研究課題の中核的な実験を実施するに至った。