養育環境が精神疾患の発症脆弱性に関与していることは臨床疫学的研究で報告されているが、その神経基盤に関しては不明であった。精神疾患の脆弱性の神経生物学的基盤を以下のアプローチで研究した。
よりよい養育環境を与えたラットでは、成熟後に拘束ストレス負荷時に海馬神経新生が増加することを見いだした(Kanba et al., 2005)。従来ストレスは神経新生を抑制することが知られていた。よい養育環境は神経新生を促進し、ストレスに抗する機能を育むと考えられた。海馬神経新生を促進する物質が精神疾患の脆弱性を修復する可能性があるため、多くの候補物質を調べたところ、人参のサポニン成分ginsengにその作用があることを発見した(Qiao et al., 2005)。また、海馬における遺伝子転写調節因子phospholirated CREBに関して、情動ストレスと関連した記憶の形成に関わっていることを明らかにした(Kudo et al., 2004)。
うつ病を起こすhIFN-α投与により、海馬においてアストログリアを介したIL-1β産生反応が誘発され、神経新生が減少することが明かとなった(Kaneko et al., 2006)。これらの結果から、hIFN-αの中枢作用機序の一端が明らかにされた。うつ病の発症脆弱性として、海馬神経新生の抑制が関与している可能性が裏付けられた。
老齢ラットでは、この神経新生のストレス応答も低下していることが明らかとなった(Kudo et al., 2005; Wati et al., 2005)。これらの変化が、老齢での条件記憶の低下を説明する可能性がある。さらに海馬の障害をもたらすamyloid-betaタンパクの凝集の程度と細胞障害度とには単純な関係はなく、凝集の初期の産物がもっとも細胞障害性が強いことが分かった(Hashioka et al., 2005)。
前頭前野のカテコルールアミン系活動のAMPA/kainate受容体による調節機構を、脳内微小透析法を用いて検討した。その結果、刺激を受けたAMPA受容体の脱感作を非定型抗精神病薬が抑制する可能性が示唆された。本研究では、AMPA受容体を標的とした新しい抗ストレス薬開発の可能性が示された(黒木ら、2004)。