抗菌薬の濫用により、従来の抗菌薬が効かない薬剤耐性細菌が世界中で増えている。さらに、複数の抗菌薬に耐性をもつ様々な「多剤耐性菌」が確認されている。特に「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌」は、細菌感染症治療において最後の切り札とされるカルバペネム系抗菌薬に対しても耐性を示し、臨床医療の現場での脅威となっている。このため、感染症の治療が困難になるケースが増加しており、その拡散伝播防止対策が臨床的にも公衆衛生学的にも最重要課題となっている。抗菌薬と耐性菌の問題は国内だけの問題ではなく全世界的な問題となっており、2050年までに薬剤耐性菌の感染によって年間1000万人が死亡するという予測が最近報告された。また、多剤耐性菌感染による経済的損失は100兆ドル(およそ1京円)を超えると推定されている。しかし、製薬企業による新薬開発の重点はより多くの収益が見込める慢性病治療薬へと移り、抗菌薬の開発は急減している。耐性菌に対して抗菌薬以外の方法で制御可能な治療法を見出すことは重要かつ急務である。
当該年度では、アンチセンスRNAを発現する遺伝子組換えファージを用いて、薬剤耐性の性質を付与する接合伝達プラスミドを保有する細菌のみを標的とする新規抗菌法の開発を行った。まず、細菌の生存に必須なリボソームタンパク質遺伝子を標的とするアンチセンスRNAを発現することができるファージミドを複数作製した。次に、そのアンチセンスRNAによる遺伝子サイレンシングシステムをM13ファージに組込み、F性線毛特異的感染作用を用いて宿主大腸菌および肺炎桿菌に導入し、それら細菌への生育阻害効果を調べた。その結果、臨床分離カルバペネム耐性腸内細菌科細菌において99.99%以上の抗菌効果を得ることができた。