精子では転写が行われていないため、今まで精子を用いた大規模なcDNA配列解析はなされていない。しかし最近の報告により、精子内にもRNAが存在していることが明らかになった。よって本研究では、精子中に存在する転写産物の網羅的同定を塩基配列決定により行い、新規の機能性RNA分子を探索することを目的とした。精子は体細胞とは異なり全体的に非常に凝集したクロマチン構造をとっている。そのような状況下において存在しているRNAの生理機能を解析することにより、精子における遺伝子サイレンシングやゲノム構造の維持機構に関する理解を深められる。これらのデータは、RNAが遺伝物質として機能するという仮説の上に立った候補RNAを探索する基礎データにもなりうると考えられる。今年度の具体的な研究内容を以下に述べる。始めにマウスおよびチンパンジーから運動能力のある精子を採取して全RNAを精製した。今回の解析では、小分子RNAを含むできるだけ多くの転写産物の同定を行えるようにするため、RNAの長さおよび末端の形状に依存しない両末端タグ法を用いてcDNAを調整した。454シークエンサーを用いてcDNAの塩基配列決定を行い、マウスは約45万、チンパンジーは約5万のcDNAタグを得た。生物情報学的解析により、cDNAのゲノムへのマッピングを行いRNAの分類をした。その結果、マウスおよびチンパンジーの精子中にはrRNA、tRNA、mRNAの断片やmiRNA、piRNA、snoRNAなどの機能性RNAが存在することを明らかにすることができた。mRNAとmiRNAの幾つかのものについては、実際に精子中にRNAが存在することをTaqMan qRT-PCR法を用いて確認した。さらに、マウスの精子から新規miRNAの候補を複数同定した。今後は、マウスとチンパンジーの精子RNAプロファイルを比較解析する。